君と一緒にどこまでも!

跡地です。
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  [ バイクDE哲学 ]
2014-04-01(Tue) 23:45:37
とりあえず、北海道編は多分このままフェードアウトするであろうことを先に詫びておきます。すまぬ。

んー、まぁ、正直こうなるかなー、とは思ってたんだけどねえ。うまくいかんですね。

一週間超すレベルでの旅行記って色々難しいわ。次回は気をつける(そればっかし

・・・完全チラ裏ブログなんだから力抜いてテキトーに書きますよわたしゃ。
(そんなに力入れたことも無い気がするけど。)

んで、タイトル。

3月初めに雪が降ってしまったので、

つい最近ようやく実家静岡から下宿先富山へとバイクを移してきたのですね。

んで、あっちゃこっちゃ乗り回したりしているわけですが、

久しぶりなものでやっぱり超楽しいわけです。

こんな感じ→ うひょーうひょーいひひひひ>(・∀・ )ニヤニヤ

半年近くうずうずしながら待ってたわけですからねえ。

そんな感じで走っていると、自分にとっての、バイクの素晴らしさ、みたいなのが明確になってきて、

言葉がぼこすか溢れてくるので、居ても立ってもいられず、今回の更新なわけですね。
・・・・っていうかきっかし一ヶ月ぶりの更新なのですね・・・・ヽ(;´Д`)ノ
んー、もうちょい更新したいですな。やはり週末日記を習慣化しなければな・・・。


って話は置いといて、本題いきますよ。


俺の中でのバイクの素晴らしさ、ってのは、
・・・・まぁ色々ありすぎて困るわけですが・・・。
(だって格好良いし楽しいし気持ちいいし)


今回は今さっきのナイトランで凄く感じた、

「バイクが与えてくれる自由」ということに焦点当てて話していこうと思う。


バイクの素晴らしさ。その中の「バイクが与えてくれる自由」というのは、2つあると思う。

1つは物理的な自由。

跨って走り出すだけで、どこまででも行ける、という錯覚すら覚える(事実、そうかもしれない)感覚。
・・・・ま、自由っていうのがそもそも精神的なものなので、物理的、っていい方はちょっと違うかもだが。

跨って走っているだけで全てが開放されるような、感覚。たまらん。


んで、2つ目。こっちが超重要。
っていうか、これが書きたいがために本記事を作成した。ここまで全部前置きっす。

それは、精神的な自由。

どういうことかと、一言でいうと。


雑念を全て吹き飛ばしてくれるわけですよ。


現代社会はストレス社会、みたいに言われるように、実生活って色々大変なわけじゃない。
ストレス、までいかなくとも、色々と思うところ、考えるところ、っていうのは非常に多いと思うのです。
それは例えば日々の生活のちょっとしたことだとか、仕事関係・人間関係・学生なら勉学関係エトセトラエトセトラ。


でも、一旦バイクに乗ってしまえば、そんな雑念・雑事は全て吹き飛んでしまう。

何故か。それは、運転に集中せざるを得ないから。

そして、運転に集中する、ということは、

それ以外の全てが意識の外に吹き飛んでいく、ということであるから。


例えば!

イイ感じのワインディングをイイ感じの速度で走っている時!

この時ライダーの意識にあるのは、ライダーが意識することは、

「自分andバイク」と「道(付近の道路交通状況)」の二者だけだ。

多分皆そうだと思う。俺はそうだ。

だって、他のこと考えてたら曲がりきれないから。

他のことを考えている余裕が無いから。

これがイコール、他の雑念を全て吹き飛ばしてくれること、というわけ。


この時のライダーにとっての「世界」というのは、

「曲がりきれるか、否か」っていう究極の二択にまで絞られるわけ。

それ以外のことは全て吹き飛んでいる。

強制的に全てを忘れて、走りのみに夢中にさせてくれるこの瞬間、この感覚がたまらなく良い。のですね。

世界が凄く単純なものに収縮する感覚。

そんな感じ。
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  [ 気持ちの良い生き方。 ]
2012-07-12(Thu) 22:43:45
自分はわりと公言(主にネット内で。)してる通り気分屋マイペースなので、

その気分屋マイペースっぷりを遺憾なく発揮するのが気持ちの良い生き方なわけだが、

これって傍からみたらただの自分勝手なので、それを自覚している私としては、

日頃は中々発揮出来ないわけです。

「一人で行動してる時って完璧にそれじゃね?」とは思うのだけれども、

なんだかよくわからないが一人でいる時に気分屋マイペースしても無理っぽい。

気分が「普通」にはなるけれども、「良く」はならない。

このへん多分寂しがり屋だからだとか、構って欲しい系の人だからだとか、

そういうのに関係してるんでしょうねぇ。

そんな感じで普段は「いや、今いきなり帰ったりしたらまずかろう」と理性ストップがかかったりもするのですが、
(そもそも「帰りたい」って気分にならない時もけっこうあるのですけどね。)

今日は理性があまり仕事せずに、本能的に行動出来たので、実に清々しい。

ただ、言った通りこれはただの自分勝手であるので、

周りからは絶対に良く思われてない、ってのは火を見るより明らかなんですよ。

だから理性ストップかかるんだしね。

でも、理性けっこう強い(と思ってる)人な私が、今日は帰れたってことは何らかの要因があったと考えられる。

たぶんそれは相手とかなり仲が良いって認識があったからと、

いなくても場を任せてしまえる相手がいたからだと思う。

前者は言わずもがなで、そんなに仲良くない人相手に自分勝手行動取ったらまぁ当然嫌われるわけじゃない?

だから、理性的にそこはストップ。

なんだけど、仲が良い(と思ってる)相手で、

「多少迷惑かけても大丈夫だよね」って信頼感があったから、行動出来たんだと思う。

まぁ問題なのは、その行動ってのがイチイチ致命的だったりすることなんだけどね。

俺ってわりと前から、「たまにゃーいーだろー」ってな具合に「油断した行動」を取ると怒られるタチなんだ。

たぶんその「油断した行動」が致命的だからなのだとは思うんだけど。そこは怖い。

後者は、まぁその通り。半ば押し付けていると言えなくもない。


最大の、自分自身にとっての問題は「超さみしがり屋」ってことなんだけどねー。

だって結局コレが無かったら、一人で勝手に行動してればいいだけだから誰にも迷惑かけないし、

一人でいる段階で気分が鬱々せずに済むのだからー。


正直な話気分屋マイペースに関しては改善したほうが良いとは思っているのだけれど、

こればっかりは駄目。

たぶん、気分屋マイペース=俺っていう具合に、自分の一番深いところにあるモノだから。

というわけで長々なりましたし、大変身勝手ではあるけれども、私の友人でいてくれる人には頼みたい。

すみません、コレが私です。こんな私ですが、今後ともよろしくしてやって下さい、と。


・・・・・・コレを読んでくれる友人ってそんなに数いないハズなんだけどね・・・・(笑)

んでもって、結局のところこれは「自分を徹すか否か」って問題になってくると思う。

いくら気分が帰れと命じても、帰らなければ対人関係円滑なわけだからね。気分は悪いですけど。

だからまぁ、自分を徹した結果で、周りから人が離れていって一人になってしまうのであれば、

それは「私という人間は『一人ぼっちである』という人間だった」と諦めるより他に無いだろうな、とそう思った。
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  [ 世界は退屈か? ]
2012-04-24(Tue) 14:05:56
個人的には「面白いものがそこら中に転がっている世界」だと思っている。

それはつまりどういうことかと言えば、「基本的には世界ツマンネー」である。

その、そこらへんに転がっている面白いことを発見して、楽しまない限りは非常につまらない世界である、と。

だからまぁ持論としては「面白いことは自分が始めなければ起こらない」なわけです。

でも、たぶん世の中にはラノベの主人公よろしく、

何もしていなくても面白いことがごろごろ転がってくるような人がいると思うんだわ。


例えると、友達と遊ぶ時とかに、

基本的には人に誘われないので、他の人を誘って楽しむ人



基本的に人に誘われるので、その誘いに乗って楽しむ人

みたいな。

・・・・まぁこの場合は誘う人がいなければ誘われる人も発生しないので、

誘ってばっかの人がさみしーとかどうこうとかそういうわけでは、無い。たぶん。

っていうか誘ってもらった相手は嬉しいはずなので、それはそれで全然いいはずなのです。


・・・・話を戻す。

言い換えれば、「楽しいことに遭遇する運」がある人と無い人とも言えるわけだ。

で 無い人、もしくは無いと思っている人、またはあまり無い人、人並な人は、

「世界は基本つまんないんだから、自分の手で面白くしていこう」という考えに発展していくんだと思う。

これってなんとなく悲しいなぁ、と思う。

たぶん、面白いことが転がっている世界で、その面白いことに遭遇せず、「世界はつまんないなぁ」と

思ってしまったこと自体が、とても悲しいのだろうと思う。


ただ思うことは、

小さい頃、家の中をぶらぶら歩き回りながら(そんなに広い家ってわけではないのだが)

「暇だなー」と呟いていた自分に、

「楽しい事は自分で見つけるもんだ」と言った母は、

どういう気持ちでそう言ったのかなぁ、と考えるとちょっと感傷的になったりするわけで。

でもまぁ母のことだから本当に人生を自分で面白おかしくして、楽しんでいるんだろうなぁ、とは思うのだけれども。


とりあえず頑張ってバイトして金貯めてバイク買う。

ツマンネー世界なら、面白くして楽しんでやるぞ、と。

サンマルクのバイトの面接、受かってるといいけどなぁ。
(まぁ駄目なら駄目で次々!なわけですけれども~)
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  [ 他の誰よりも幸福を願った彼は、他の誰よりも幸福にはならなかった。 ]
2012-02-13(Mon) 18:00:02
よくありそうなそんな話

あ 別に思いついただけで自分とはなんのかんけーもねーです(ぉ


正しいことを行うのが正しい(良い)のか、と考えると中々難しいよね

俺は迷った時は大体「自分の納得できる正義」か「正しいこと」をしたいと自然と考えちゃうんだけどさー

この2つにしたって

その問題に対する最善手というか、正しいことというか、良いことじゃないかもしれないわけじゃない?

別に今現在そういう問題に直面しているわけではないのだが、ちょっと考えてみるとむーんなのです


今現在直面してるテストとかレポートって問題は処理方法がわかりやすくてええわ

処理できるかは別として(ぇ


とかそんなことを考えつつ課題を消化していたらちょうどそんなのがあったのでちと挙げてみる

課題は「講義の最初に紹介してきたニュースの中から印象に残ったものについて議論せよ」というもの

長いので折りたたんどくね

久しぶりのこの機能 クリックで開きます
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  [ 自分 ]
2011-12-01(Thu) 00:54:24
誰かに何かをしてもらいたい自分がいて、
誰かに何かをしたい自分がいて、
誰かに自分を受け止めて欲しい自分がいて、
誰かを自分が受け止めたい自分がいて、
誰かに付いていきたい自分がいて、
誰かに付いてきて欲しい自分がいる。

ひどい矛盾だ。

加えて言うならばその「誰か」がいないのが最悪だ。 愉快愉快
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